「『ぼくは、図書館がすき』写真家 漆原宏の流儀」 (『出版ニュース』2013年8月号より)

毎月寄稿させて頂いている『出版ニュース』”ブックストリート”から、気に入ったものを…


 図書館業界では知らない人はいない写真家に漆原宏さんがいる。図書館の写真を撮り続けて40年、日本図書館協会発行の『図書館雑誌』のフォトギャラリーを毎回飾っている。

 漆原さんは1983年に写真集『地域に育つくらしの中の図書館』(ほるぷ出版)を出版しているが、4月に30年ぶりとなる写真集『ぼくは、図書館がすき』(日本図書館協会)を上梓した。
 
 ここ10年間に撮影され、『図書館雑誌』にも掲載された86枚の写真は、図書館という場が人々に何をもたらしているのかを雄弁に物語っている。

 漆原さんは図書館の写真を撮り続けているには違いないが、それは「図書館」という施設ではなく、「図書館と人々の営み」である。絵本のページに魅せられている子どものまなざし、赤ちゃんを抱っこして本を探す母親、真剣な表情で調べ物をする男性、利用者にサービスする図書館員、移動図書館車を取り囲む子どもたちなど、図書館での実に豊かな時間が活写されている。

 そんな漆原さんの撮影する様子を垣間見たことがある。漆原さんは、決してシャッターチャンスを探し求めたりはしない。その図書館に居合わせた来館者と同化して、その時間の中に身を委ね、静かにその時を待つのだ。

 図書館を利用する人たちの在りようは実に様々である。そうした多様な人生の風景が、かけがえのない表情を見せるとき、漆原さんのシャッターは切られる。これが漆原さんの流儀だ。
 
 それにしても『ぼくは、図書館がすき』というストレートなタイトルは、今も蔵前に住み続ける漆原さんの江戸っ子らしさを物語っている。そしてその「すき」という情緒的な宣言は、漆原さんの深い信念の発露でもある。

 1939年生まれの漆原さんは、戦争末期の記憶を留めながら戦後教育を受けている。その心象風景は、為政者は間違いを起こすという認識と同時に、国民1人ひとりが無力にもその誤りを許したという慙愧として刻印されている。漆原さんは「あとがき」にこう記している。

 「人は図書館資料を活用して、個として自らを律し、生活者として自立した市民へと成長できます。自立した市民が結びつき、自治意識を培い、責任感と行動力をもって自治体活性化に参加し、そして国政の誤りも正します。」

 漆原さんは、図書館という場に足を運ぶ人々のことを、人生をよりよく生きようとする同朋として心から信頼しているように見える。そして、そうした人々を迎え入れ、その必要を満たそうと奮闘する図書館という営みが、心から「すき」なのであり、そうでなければ図書館ではない、という信念の裏返しが「すき」という一言に集約されているように思う。

 有難いことに、この写真集には筆者の勤務地の移動図書館が紹介されている。移動図書館といっても、軽自動車のバンに、コンテナを10箱積み込んで、保育園、幼稚園で貸出とおはなし会を行うささやかなものである。とは言えそこには、その小さな車とコンテナの絵本を待ちわびた様に迎えてくれる子どもたち(飛び上がっている姿も)の様子が写し出されている。見開きの反対側には、借りた絵本を早速開いて読んでいる子どもたちの姿がある。

図書館が教育活動として成立するには、その効果を生むための最低限の資源が必要だ。しかし、小さな営みでも、出来ることから、図書館の本質を成立させる取り組みは可能である。そうした人々への働きかけの積み重ねこそが、漆原さんの言う「個の自律」を支える一歩だと信じたい。

 漆原さんは、こうも書いている。「図書館は暮らしや仕事、そして行政の頭脳として、人づくりの要となり、まちづくりの核として役立ちます。」

 この写真集が醸し出してくれる図書館への期待を、裏切らないよう精進したいと思う。